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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)3842号 判決

原告 愛原忠勝 外一名

被告 株式会社津田組 外一名

主文

被告等は、各自原告愛原忠勝に対し、金十五万七千二百六十円、原告愛原秋枝に対し、金十五万円及び右各金額に対する昭和三十一年九月二十六日から、支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求は、これを、棄却する。

訴訟費用は、これを三分しその一を原告等、その余を被告等の各連帯負担とする。

この判決は、原告等各自において、被告等に対し、各金五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は、各自、原告愛原忠勝に対し金五十三万七千八百九十二円、原告愛原秋枝に対し、金五十万円及び右各金額に対する昭和三十一年九月二十六日から、支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

「(一) 原告忠勝は、訴外亡愛原富士子(昭和二十五年八月二十四日生)の父、原告秋枝は、その母であり、被告株式会社津田組(以下被告会社という)は、土砂の採取、運搬及び土木建築用資材の販売を業とする会社であり、被告中村は、被告会社に雇われ、自動三輪車の運転手として、土砂等運搬の業務に従事していたものである。

(二) 被告中村は、被告会社の被用者として右運転手の業務に従事中昭和三十年五月二十一日、被告会社所有の自動三輪車を運転し、同車に土砂を積載し、高槻市大字高槻三百三十七番地附近道路において、右土砂をおろすため、同道路を後退運転中、たまたま、同所で遊戯中の前記富士子に、右自動三輪車の後部車輪を接触させて同女をその場に転倒させて、その頭部をひき、よつて頭蓋骨々折顔面挫滅により、即死させた。

(三) ところで、右の事故は、被告中村の過失により招来されたものである。

すなわち、自動三輪車を後退運転するような場合には、運転者たるものは、特に、その進行方向である車の後方に気をくばり、危険がないか否かの点につき確める注意義務があるにも拘らずこの義務をおこたり、漫然、後退運転をしたため、自動車の後方にうずくまつていた富士子に気付かず本件事故をひき起したものである。

(四) 右の次第であるから、富士子の死亡は、被告中村の過失に基くものであり、しかも右事故は、被告中村が被告会社の事業の執行中に発生したものであるから、被告中村は、民法第七百九条による不法行為者として、被告会社は、同法第七百十五条による被告中村の使用者として、それぞれ、右富士子の父母である原告等に対し同女の死亡による損害を賠償する義務がある。

(五) そこで右損害額を算定する。富士子は、原告等の長子で、本件事故当時は幼稚園に入園したばかりの可愛い盛りであり、その不慮の死により原告等が、はかり知れない精神的苦痛を受けたことはいうをまたない。そこで原告等の右精神的苦痛は、金銭を以て慰藉せられるべきものであるところ、本件においては、右慰藉料は、諸般の事情をしんしやくして原告等各自につき金五十万円を以て相当とする。なお原告忠勝は、富士子の葬式の際葬式費用として、金三万七千八百九十二円を支出したが、これも右不法行為により同原告のこうむつた損害である。

(六) 以上の次第であるから、被告等は、前記各法条に基く責任者として、各自原告忠勝に対し、右慰藉料及び損害金合計金五十三万七千八百九十二円、原告秋枝に対し、右慰藉料金五十万円及び右各金額に対する本件訴状が被告等に送達せられた日の翌日である昭和三十一年九月二十六日から、支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ次第である。」

と述べ、

被告等主張の抗弁事実は、これを否認した。(立証省略)

被告等は、「原告等の請求を棄却する。」との判決を求め、

答弁として、

「原告等の主張の(一)ないし(三)の各事実及び同(五)の事実中、富士子が原告等の長子で、本件事故当時は幼稚園に入園したばかりの可愛い盛りであり、その不慮の死により原告等がはかり知れない精神的苦痛を受けたことは、いずれもこれを認めるが、同(五)の慰藉料額及び葬式費の金額は争う。」

と述べ、

抗弁として、

「富士子にも、本件事故発生につき、過失があつたのであるから、損害賠償額の決定についてしんしやくされるべきである。」

と述べた。(立証省略)

理由

原告等主張の(一)ないし(三)の各事実は、当事者間に争いがない。そして、右事実関係によれば、原告等主張のように、被告中村につき、民法第七百九条所定の過失による不法行為が成立するものであるというべきである。故に、同被告は、富士子の父母である原告等に対し右不法行為に基く損害を賠償すべき義務があるわけである。なお、右事実関係によれば、本件事故は、被告会社の被用者であつた被告中村が被告会社の事業の執行中に発生したものであるというべきであるから、被告会社は、同法第七百十五条により、右損害を賠償すべき責任があるわけである。そして被告等の各責任は、不真正連帯の関係にある。

そこで、右不法行為に基く原告等主張の損害額につき判断する。

富士子の死亡により、その父母である原告等が甚大な精神的苦痛を受けたことはいうをまたない。そして右精神的苦痛は金銭を以て慰藉せられるべきであるから、まず、その慰藉料額について検討する。

成立に争いない甲第一、二号証、原告忠勝、同秋枝、被告代表者被告中村の各本人尋問の結果を総合すれば、富士子は、原告等の長子で、本件事故当時、年齢満四年八月であつて、幼稚園へ入つたばかりであつたこと、原告等には現在富士子の外に一人の子供があること、原告忠勝は、扇町商業学校二年を中途退学後義兄が社長をしている自動車会社に勤務し、金一万五千円の月給を給与せられ、これで原告等夫婦及び子供が生活し、他に財産はないこと、被告中村は、高等小学二年卒業後、昭和二十六年頃から、被告会社に自動車助手として勤務し、昭和二十八年五月自動三輪車の運転手の免許を得て、引続き被告会社に勤務し、月額約金一万三千円の収入があり、財産はなく独身であり、本件につき、昭和三十年七月十四日茨木簡易裁判所で業務上過失致死罪として罰金金二万円に処せられたこと、被告会社は、運転手数名を雇用し、トラツク、自動三輪車数台を所有して前認定の営業を経営していることが認められ、右各事実に、本件によつて認められるその余の諸般の事情を総合して考えると、原告等の慰藉料は各金十五万円を以て相当と認める。

次に、原告忠勝主張の葬式費用の支出による損害額について検討する。成立に争いない甲第三ないし五号証(但し、第四号証は、一、二、第五号証は一ないし六)、原告忠勝本人の尋問の結果によれば、原告等は本件事故発生の翌日である昭和三十一年五月二十二日富士子の葬儀を挙行したのであるが、その際原告忠勝は葬儀費用として合計金七千二百六十円を支出したことが認められる。右支出は、前記不法行為に基くものであることはいうをまたないから、右支出額は右不法行為によつて生じた損害であり、同原告はこれが賠償請求権を有するわけである。

そこで、被告等主張の過失相殺の抗弁について判断するに、被害者に過失があつたというためには、まず、被害者に責任能力がなければ、ならないところ、富士子は、前示のように本件事故当時年齢は満四年八月で、責任無能力者であつたから、この能力の存在を前提とする被告等の右抗弁は、理由がない。

以上の次第であるから被告等は、各自原告忠勝に対し、前示慰藉料及び葬式費用の支出による損害金の合計金十五万七千二百六十円、原告秋枝に対し前示慰藉料金十五万円及び右各金額に対する本件訴状が被告等にそれぞれ送達せられた日の翌日であることが、記録上明かな昭和三十一年九月二十六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よつて、原告等の本訴請求は、被告等に対し右各義務の履行を求める限度において正当として、これを認容すべきであるがその余の請求は、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九十二条第九十三条、仮執行の宣言につき、同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部覚)

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